オーストラリアへ向う皆さんへ

ワーキングホリデーで経験した出来事は、僕の人生の一コマを鮮やかに彩ってくれました。特に異国の地で汗を流して働いたこと・・・しばらくたった後に振り返ってみると、何物にも変えがたい貴重な体験になっています。

「異国の地で出逢った仲間たちと苦楽を共にワーホリ生活を送ること」。この経験がとても味わい深い思い出になることを、帰国後1年経った今実感しています。それでは僕が味わった旅に出発します!

夕日に染まるオペラハウスとハーバーブリッジ

1.こうして僕のワーキングホリデーがシドニーから始まった

シドニーへ旅立ったのは、忘れもしないよく晴れた11月27日の朝でした。本来であれば、オーストラリアに出かける半年前の6月10日より、イギリスのロンドンへ1年間の語学留学に出発しているはずでした。しかし、イギリスに渡る10日前に斡旋を依頼していた留学エージェントが、皆のお金を持ったまま会社を潰して夜逃げをしてしまったのです。まったく連絡がつかなくなり、慌てて留学を予定していたロンドンの語学学校へ問い合わせをしました。が、お金は支払われておらず2年を要したイギリス留学計画は一瞬で散ってしまったのです。

じっとしていられずインターネットで被害者を募ったところ、60名を超える数が集まりました。留学協会を通じて弁護士と話す機会まで設けました。ですが、うまくことが運んだとしても1年の時間は必要だということ、仮に戻ってくるお金があったとしても、それはわずか一割程度だということを知りました。既に借りていたアパートの退去日は迫っていましたし、愛車も売り払っていた後でした、、、被害者代表の一人になっていましたがすぐに脱会し、翌月には北海道の利尻島へ向かいます。被害にあった金額を一刻も早く補填するために、住み込みのリゾートバイトに出かけたのです。

シドニーオペラハウス

とにかく早く海外に出たいという気持ちで一杯でした。約2ヶ月間利尻島で働いた後、富良野にある観光ホテルにアルバイト先を移します。ここでの出会いがオーストラリアへ渡るきっかけとなりました。既にワーキングホリデーを利用してオーストラリアの大地を経験していた仲間が数人いたのです。彼らの話を聞けば聞くほどオーストラリアへの期待は膨らみ、同時に現実味を帯びていきました。ワーホリを決定づけたのは、次の一句です。

「オーストラリアのワーキングホリデーなら、アルバイトをすれば生活費はペイできるし貯金もできる」

思うように留学資金が貯まらず悶々としていた僕は、イギリス留学を諦めワーキングホリデー制度を利用してオーストラリアのシドニーへ渡ることを決意します。「もういっちゃえ!」こんな感じでした。北海道から実家の群馬県に帰ってきたのは11月の上旬、その月末にはシドニーへ向かっていました。


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そして出発から1年後の11月19日、オーストラリアでのワーキングホリデー生活を終え、僕は再び日本の土を踏みしめていました。大きな声で飛び交うおばちゃんたちの日本語がどこか遠く耳の奥で響いています。まるで夢を見ているようでした。1年間のワーホリ生活が走馬灯のように脳裏を駆け巡り深い感慨にふけていたのです。やがてシドニーでシェアメイトだった友人が空港ロビーに迎えにきてくれました。共に食事をしているうちにやっと、

「僕のオーストラリアでのワーキングホリデーが終わったんだな、、、」
と実感するようになりました。

オーストラリアの大地で経験した1年間のワーキングホリデー生活は、一言では言い表せないほどの貴重な体験の連続でした。危ない目にあったこともあります、辛く追い込まれたこともあります、何しに来たのか?と自分を問うこともありました。でも沢山の方に支えられて、オーストラリアから無事帰国することができました。今となればワーキングホリデー期間中に経験したすべてが、かけがえのない大切な思い出です。

「オーストラリアでワーキングホリデー制度を利用して1年間生活すること」

この素晴らしさを一人でも多くの方に知っていただきたいと思い、当サイトを作成しました。ワーホリ準備から帰国後の今思うことまで、一連の流れを記録しています。一部記憶が曖昧な点もありますが、これからオーストラリアへワーキングホリデーに出かれる方、またオーストラリア留学を予定している方、もしくはまだ迷っている方の参考に少しでもなれば嬉しい限りです。オーストラリア観光旅行を考えている方も是非参考にしてください。

ハーバーブリッジのクライムツアー

ワーキングホリデー期間中にお世話になった皆様には、このサイトを通じて感謝を伝えたいと思っています。偶然オーストラリア行きの飛行機に乗り合わせてシドニーセントラルステーションまで付き合ってくれたあなた、語学学校でクラスメイトとして共に学んだみんな、ろくに英語が話せない僕を雇っていただいたJUJUレストランの関係者及びアルバイトの皆さん、営業職として貴重な経験をさせていただいたJPオーストラリアの皆さん、フルーツピッキング生活で窮地に追い込まれた僕を助けてくれた皆様。特別な付き合いはなくても、触れ合うきっかけのあったお一人お一人が、僕の1年間のワーキングホリデー生活を味わい深いものにしてくれました。また日本帰国後、当サイトを作成するにあたって、僕の記憶の欠けた部分を補ってくれた沢山の方々、写真の協力を快く承諾していただいた皆様にも合わせてお礼を述べたいと思います。ご協力ありがとうございました。(※特にyumiには何かとお世話になりました~マメな方は日記をつけたり写真を撮りまくってワーキングホリデーの良き思い出を残しましょうね!)。それではワーキングホリデー準備からどうぞ~

シドニーのロックス

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