6.シドニーバックパッカーとオーストラリア情報誌

ユースホステルを出なくてはならなくなるとは思ってもいませんでした。重たいスーツケースを転がして、いつも横目に通り過ぎていたピットストリート沿いのバッパーに向かいました。空き部屋は1泊$50のシングルルームだけでした。この時期の週末、シドニーシティーの宿泊施設は多少確保しにくくなるようです。もう日は暮れていましたし、他を探す気力もなくここで宿を取りました。こじんまりとしたレセプションからは想像もつかない程、南北に長い大型のバックパッカーでした。狭い通路に置かれた一台のビリヤード(※オーストラリアではプールと呼ばれる)台に、ヨーロピアンが群れごったがえしていました。その晩、僕は部屋に閉じこもり購入したばかりの携帯電話の説明書と睨めっこしていました。翌朝早めにチェックアウトを済ましセントラルユースホステルに向います。セントラルステーション北口から出て、左に折れたところにある大きなビルがそれでした。

クイーンビクトリアビルディング

この頃、すべてが順調に進んでいました。ですが、僕はオーストラリアとシドニーの情報を欲していました。オーストラリアでの生活に慣れている日本人と話をしてみたいと思うようになっていたのです。そこで、日本人が経営しているブロードウェイストリート沿いにあるバッパーに移動しました。ここで初めて日本人の宿泊客と会うことができました。二人共ワーキングホリデー制度を利用してオーストラリアに入国していました。一人はもう帰国間近で、なんとこのバッパーに半年以上滞在していました。なぜバッパーに住み込むのか理解できませんでしたが、彼に言わせると毎日新しい出会いがあって楽しいとのことでした。その彼にはシドニーでの生活全般について教えてもらいました。もう一人の彼はまだオーストラリア入国2日目で、僕よりもなんの準備もせずにシドニーにやってきていました。翌日その彼と散歩に出ることになりました。行き先はハーバーブリッジを越えて遥か北上したクロウスネストです。朝9時ごろに バックパッカーを出ましたが、戻ってきたのは夕方の6時を過ぎていました。足が棒になりました。

その日の夜、真っ黒に日に焼けた汚らしい格好(ファッション?)をした日本人二人組みがこのバックパッカーにやって来ました。彼らは資金を出し合って購入した車で、オーストラリア大陸をラウンドして帰ってきたそうです。もう来月には車を売り払い日本に帰国するとのことでした。各都市の話、フルーツピッキングの話、アウトバックの話、すべてが興味深いものでした。彼らからは本当に充実したオーストラリアでの1年が伝わってきます。やっとの思いでここシドニーに到着したばかりの僕には、彼らが大変たくましく映りました。この時点ではまったく考えていなかったフルーツピッキングにもいずれ出かけることになります。片田舎の静かな町で出会った人々やそこでの経験が僕のオーストラリアでのワーキングホリデー生活をより味わい深いものにしてくれるのです。このバックパッカーでの2日間、まだ見ぬ世界への憧れをより一層強くさせてくれました。


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ここで、シドニーで入手することができる日系フリーペーパーを紹介いたします。

■ MOVE ■

シドニーのタウンページ。半年に一度発行される小冊子です。シドニー滞在中は一冊持っていると何かと便利です。発行時期から時間が経つと入手が困難になります。

■ 日豪プレス ■

MOVEを発行しているオーストラリアで一番発行部数の多い月間フリーペーパー。メルボルン、ケアンズでも見かけました。紙面もしっかりしていて読み応え十分。語学学校で知り合った友人がメルボルンの日豪プレスで営業のアルバイトを経験しました。

■ Cheers(チアーズ) ■

若者向けの月間フリーペーパー。海外の芸能ニュース満載です。ちょっとエッチなページもあり!

■ Jenta(ジェンタ) ■

シドニーで唯一の週間フリーペーパー。日本での出来事をいち早く知ることができます。

■ Japaralia(ジャパラリア) ■

女性をターゲットとした月刊誌。

■ JP AUSTRALIA(ジェイピーオーストラリア) ■

現在休刊中の月刊誌。フルーツピッキングに出かける直前まで営業職としてアルバイトさせていただきました。この詳細は後ほど!

以上のフリーペーパーは各留学エージェント、日系ショップ、日本食レストラン、紀伊国屋等で入手することができます。

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