11.オーストラリア・シドニー求人事情とアルバイト

職種を選ばなければ仕事に困ることはありません。求人はたくさんありました。僕はせっかく英語圏に滞在しているのだから、英語を使って仕事をしてみたいと思っていました。ですが、とてもローカルのお店で働けるような英語力はありません。そこで、キングスクロスにあるJUJUレストランという居酒屋でホールとして雇っていただきました。キングスクロスの入り口には、でっかいコカコーラの看板を掲げた高層ビルがあります。そのビルの地下にJUJUレストランはありました。

シドニーマラソン

英語での接客はかなりドキドキする反面、新鮮な気分でもありました。仕事の内容は、オーダーを受ける、料理を運ぶ、テーブルを片付ける、テーブルをセットする、この繰り返しです。地元オージーやアジアンにも人気のレストランで、一息入れる間もなく次から次にお客さんがやってきます。週末は満席が常で、テーブルの空きを待つお客さんまでいるくらいです。

オージーはこちらが英語を理解できようとできまいと、マイペースで話かけてきます。あからさまにコミュニケーションが取れていなくても全然気にしません。そういった点もオーストラリアのいいところなのだと思います。とても働きやすかったです。オーストラリアの第二言語は日本語なので、片言の日本語でオーダーしてくれる場合もあります。また、オーストラリアでは一般に生ものを食しません。海に囲まれたシドニーですが、新鮮な魚を食べないのは残念です。オーストラリアにも回転寿司が何軒もありますが、シャリに乗っかっているのはお子様が食べるようなものばかりでした。まともなものはサーモンくらいです。

JUJUレストランにはカラオケが一台置いてあります。陽気なオージーはカラオケ(カラオキと聞こえる)が大好きで、一人が歌うと皆が競い合うように歌いはじめます。週末は収集が付かなくなるほど毎晩盛り上がっていました。カラオケ当番を任されることも多かったですが、ホールを歩いていると「オレ(私)の番はまだか?」とすぐ捕まります。いつも決まった曲をリクエストしてくるので、ワンパターンだなぁと思いながらレコードをかけてました。シドニーシティーにある日本食レストランではレンジでチンしたようなお店も多いです。JUJUレストランの料理はおいしいので、キンクロで遊ぶときには一度立ち寄ってみてください。ピーク時のホールはかなりきつかったですが、おかげで英語での会話にも積極的になれました。後にフルーツピッキングに出かけることになるのですが、ここでの経験がかなり生きたと思います。

・おまけ
アルバイト帰りにオージーに襲われたことがあります。深夜2時過ぎに街灯のない真っ暗な路地を歩いていたところ、二人組のオージーが前方から近づいてきて道を尋ねてきました。過去にも同じようなことが何度かあったのでいつものように説明を始めると、いきなり肩にかけていたバックをひったくられそうになりました。抵抗をすると、「マネーだ!」と喚きましたので、$20札を出すとそれを受け取り去っていきました。この通りの突き当りにはゲイがたむろするオックスフォードストリートがあります(※オーストラリアではゲイが完全に市民権を得ています)。襲われた瞬間別の意味で危険を感じたので、お金が目当てでホッとしました。ですが、ジーパンの後ろのポケットに入れていた携帯電話まで盗られていたことに気付き、去っていく二人に向かって携帯を返すように叫びました。シドニーで出会ったすべての友人の連絡先が携帯電話のメモリーに入っていたのです。彼らの一人が曲がり角の塀の上にポンと携帯電話を置いていったのですが、安心したのも束の間メモリーカードが抜き取られ連絡先はパーとなりました。

その数日後、今度は財布をなくしました。アルバイト先で着替えをしていると、いつものポケットに財布がないのです。途中に買い物をしていますので、その店を出た後に落としたかすられたようです。現金はいつも少ししか持ち歩いていなかったのですがお財布自体が痛かったです。オーストラリアへ来る直前に購入したお気に入りの財布でした。翌日からは1ドルショップで購入した真っ黒のお財布になりました。いずれも警察に出向き、事情を説明して被害届けを出しましたがそれきり音沙汰はありませんでした。ニューイヤー花火で壊れたネックレスの件も含め、海外旅行保険の携帯品損害に入っていなかったため泣き寝入りということになったのです。これらもある意味貴重な経験です。


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シドニー滞在も早5ヶ月、何か新しいことがしたいと考えるようになっていました。そんな折、語学学校で知り合った友人が日豪プレスのメルボルンで働くことが決まりました。そのため急遽メルボルンに旅立っていったのです。彼も英語が得意だとは言えませんでした。それでも、英語を使って仕事をしたいという強い思いからの決断です。これに刺激を受けた僕は不安もありましたがJPオーストラリアというフリーペーパーの営業をさせていただくことになりました。JPオーストラリアは家族を中心として展開しているアットホームな会社でした。面接時に営業だけでなく編集にも興味があることを告げると、取材や記事の作成までさせていただくことになりました。

自分で契約を取ってきたお店を自分で取材して写真を撮って記事を書く、それが紙面を飾る。この一連の仕事の流れは非常にやりがいがあって興味が持てました。帰国したら広告代理店に就職したいと思った程です。まず、仕事を始めるにあたって実家からスーツを二着送ってもらいました。まさかオーストリアに来てまでスーツに身を包みあらゆる町を訪ねることになるとは思ってもみませんでした。次に、オリジナルのアプローチブックを作成しました。英語を使っての説明には限界があったので、それを見てもらうことにしたのです。JAPANをアピールするために、表紙には桜柄の厚紙を貼りました。そのアプローチブック片手にストリートを一本決めて片っ端から訪問します。「あなたのお店のプロモーションをお手伝いしたい」、こんな感じです。

ある日、事務所で打ち合わせをしていると、ページ数の都合で急遽ラーメン特集を組むことに決まりました。その担当は僕です。期限は2週間ほどしかありません。その翌々日には無事初契約をいただいたのですが、なんとシドニーから電車で1時間以上も北上したホーンズビィという町のショッピングモールに入っていたお店でした。この仕事をしていなければ絶対に訪れることのない地域です。日本で経験していた住宅営業とは違って扱う金額は小さなものですがやはり嬉しかったです。

翌月号では企画の内容も任せていただき、美容室特集を組むことにしました。フリーペーパーに掲載されていた美容室に片っ端から顔を出し、2週間ほどで紙面を埋める契約をいただきました。形のないところから形を生んでいく、そんな営業職に魅力を感じます。仕事を通じてたくさんの町を訪れ、たくさんの人と触れ合えたことが一番の宝物です。

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