15.オーストラリア・ミルジュラ~グレーププルーニング

バス停には家財道具一式を持ち込んだみずぼらしい家族連れがいました。ボロボロの服をまとった幼い子供たちが、毛布を両手一杯に抱えています。「どんな町に行くのだろう、、、」不安が頭をもたげました。バスの乗車券を支払った残金は$200を切っていました。こんなことが不安を呼び起こすのです。

のどかな公園

夜中の8時過ぎにメルボルンを出発したこのバスは、エンジンの調子が悪く何度も路肩に停車して整備したり無線で連絡を取ったりしていました。やがて順調に走り出しミルジュラには深夜3時に到着しました。もう少しタイムテーブルを何とかして欲しいものです。どうしようもないので明るくなるまで真っ暗な寂しい町を探索しました。初めて長距離バスに乗ったわけですが、オーストラリアではバスの中で冷房をキンキンに効かせます。その後何度も長距離バスを利用することになるのですが、その度にコートが必須でした。外は真夏でもバスの中では真冬になるのです。また、オージーはマイ枕をバスの中に持ち込みます。端から見ると荷物になるように見えましたが、それが普通のようです。

やがて夜が明けました。早朝の5時にはインフォメーションセンターに併設してあるスポーツジムが開きました。そこで地図をもらいコーヒーを飲みながらハーベストトレイルで調べておいた住所をチェックしました。仕事がもらえるかどうかは賭けでしたが、無事にメインストリートに面した錆びれたモーテルでグレーププルーニングという仕事をGETすることができました。1週間分のレント$140とキーデポジット$30を支払いチェックイン、残金はなんと$30になりました(日本円で2,500円ほど)。これでは1週間分の食料さえままならない金額です。まさに尻に火がついた瞬間でした。

ここはバッパーと異なりモーテルでしたので、各部屋にシャワーとトイレがありました。おまけにテレビもありました(※みのもんたのクイズミリオネアと同じ番組をよく観ました)。偶然同じ日にチェックインしたオージーのおっちゃんとの相部屋です。オーストラリアではいい年をしていても、各都市からこういった田舎町のファームに出稼ぎにくる人間が多いです。この50才近いおっちゃんは僕よりも金欠だったらしく、昼も夜も何も食べないので見るに見かねて食パンにジャムを塗ってごちそうしてあげたほどでした。


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グレーププルーニングという仕事は、ワイン用に収穫した後の余計な枝をワイヤーから引き抜いていく力仕事です。ツタがくるくるっとワイヤーに絡み付いていて、全体重をかけて引っ張らないと引き抜けない枝もありました。思い切って引っ張った衝撃でひっくり返りしりもちをつきます。また、収穫されず残っていた腐ったブドウが辺り一面に飛び散りますので、髪の毛から足のつま先までブドウの汁でベタベタになります。1日が終わる頃には全身が紫色に染まるのです。

給料はコントラクト制でした。ここで言うコントラクトとは歩合制のことで、仕事量に応じて支払われる仕組みです。個人的にコントラクトは大歓迎でした。がんばった分だけ給料がもらえる方が僕の性分にあってます。おっちゃんとペアを組んでラインを両側から挟みこみ、次から次に枝を引っこ抜いていくのです。オーストラリアの広大なファームは、端から端が見えないほど彼方まで続いています。お互い金欠だったので、休憩もたいして取らずに1日9時間前後必死になって働きました(※オーストラリアでは休憩のことを”スモコ”と言います。スモークアンドコーフィーの略らしいです)。夜明け前に露の滴るファームに出向き、日暮れと共にモーテルに帰るという生活です。生まれて初めて太陽の軌道を実感した生活でした。この時期、オーストラリアの太陽は僕らの真上を通過していきました。

移動中

こんな日がありました。いつものファームに出向き指示されたラインの作業を始めたのですが、どうも思うように進んでいかないのです。どうやら枝のカットから日の経過が浅いらしく、ツタがより頑固にワイヤーに絡み付いているのです。午前中いっぱい作業をしましたが、いつもの3分の1も進みません。僕らの給料は時給制ではありませんでしたのでこれは死活問題でした。おっちゃんと相談した結果「やってられない」、という結論を出しました。普段はモーテルからファームまでの送迎があるのですが、その日は午後の作業を断って自力で帰りました。歩いても歩いても一本道は続きます。滞在していたモーテルはミルジュラでしたが、ファームはレッドクリフという別の町にありました。彼方に見えていたなだらかな坂をやっと登り切っても、さらに真っ直ぐな道が続きました。結局モーテルに帰ってきたのはいつもの帰宅時刻でした。4時間は歩いた計算になります。こんなことがちょっとした思い出になっています。


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待ちに待ったペイデイがやってきました。オーストラリアの給料は大抵週払いです。必死になって働いた5日分の税引き後の給料は$350でした。仕事内容を考えると完全に割に合っていません。もっと稼げる仕事はたくさんあるのです。この頃、メルボルンで働いていた友人もミルジュラにやって来ていました。セカンドワーキングホリデービザの取得を考えていたようです。その彼の5日間の給料は$100だったそうです。これではレントの支払いだけでマイナスです。

その後、別のファームを1日だけ経験してこう結論を出しました。「ここでは稼げない、ボーエンに行こう!」。ケアンズ南方にあるボーエンという町ではトマトが始まろうとしていました。トマトは稼げることで知られています。またしてもギリギリの旅の選択です。それでも稼げないファームで貴重な時間を失うリスクを回避したかったのです。シドニーまでのバス代、シドニーでの滞在費、シドニーからマッカイまでの航空券、マッカイからボーエンまでのバス代、、、ボーエンに到着した時、残金は$150を切っていました。様々な不安や心配をよそに、ここからさらに過酷な展開に巻き込まれることになるのです。

・おまけ
オーストラリアではどんな小さな田舎町にもマクドナルドがありました。その田舎町のマックでは注文に苦労しました。僕らの発音を聞き取ってくれないのです。シドニーと違い外国人の発音に慣れていないようでした。一度頼んでもないのに1リットル位入りそうなトリプルラージのコークが出てきたこともありました。メニューにはないのでかなり貴重な経験だと思います。

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