16.オーストラリア・ボーエン~トマトピッキング

ボーエン、、、僕の記憶深く刻まれた町となりました。今でも町に漂う潮の香りまでもが鮮明に蘇ります。

バックパッカー

ボーエンでファームを紹介してくれるバッパーは五つありました。出発前に各バッパーに電話で問い合わせをしていましたが、当日にレセプションまで直接きてもらわないとわからないという回答でした。この時期ボーエンにはとにかく人が集まります。ワーキングホリデーでオーストラリアに滞在している者だけでなく、オージーも出稼ぎにやってきます。満室が常でした。”運がよければチェックインできる”このような状況とは露知らず、「行ってしまえばどうにかなる」という甘い考えでやってきたのです。

直ぐに現実にぶつかりました。五つあるすべてのバックパッカーをあたりましたが、チェックインすることができなかったのです。チェックインできなければ仕事ももらえません。重い荷物を転がして歩いていたのですが、スーツケースのタイヤが破損しズルズル引きずるようになっていました。全身は汗でびっしょりになりました。やがて日が沈み始め、歩く気力もなくなりました。野宿を覚悟してJUJUレストランでバイト仲間だった友人に電話をしたことを覚えています。彼のワーホリ生活は残り1ヶ月を切り、帰国前に東南アジアを旅行する資金を貯めるためにボーエンより数十キロ北上したエアーという町でフルーツピッキングをしていました。そのエアーの状況を確認したかったのです。明日もここでチェックインすることが出来なければ、ボーエンを離れるしかありませんでした。

夜も8時を過ぎると、徐々に寒さが身に染みてきます。オーストラリアのクイーンランドと言えども8月は真冬です。コートハウスの一角にあったベンチを寝床に決め腰を下ろしました。近くのPUBから陽気なオージーの歌声と甲高く叫ぶ声が聞こえてきます。そんな中、僕は丸くなってインフォメーションセンターでもらったボーエンの地図を力なく眺めていました。深夜になり賑やかだったPUBの営業も終了します。辺りに静けさが戻り孤独感に包まれていきます。ジーンズを重ねコートを着込んでも身震いするような寒さが襲ってきました。何度も目を閉じてこの場をやり過ごそうとしましたが、とても寝付けそうにありません。なので寝ることを諦めました。ボーエンバス停からもっとも遠いバッパーにリーファーズがあります。体を暖めるためにそこまで歩いてみようと思い立ちました。

冷たい空気を吸いながら見上げたいつもと配置の違う星空はどこか神秘的でした。

仕事中

しばらく歩いていると、突然一台の車が僕を追い越し前方に止まりました。ローカルの警察でした。二人の警官にかなり怪しまれパスポートの提示を求められましたが、事情を説明しいくつかの質問に答えると何事もなかったように去っていきました。もう野宿はこりごりです。今日は何としても宿を確保しなくてはなりません。翌朝、そう意気込んで飛び込んだ一軒目のセントラルホテル(ホテル言ってもバッパーです)で、あっさり部屋をGETすることができました。シーツを敷くと急に眠気が襲ってきました。風通しの悪い汚い部屋でしたが、心地よい布団の感触に幸福を感じながら深い眠りに落ちました。明日から仕事が始まります。レントを支払って残金は残り$20を切っていました。


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翌日指定された場所に向かうと運転手のおじさんに、「本当にここに来るように言われたのか?」と聞かれました。「イエス」と答えると首を傾げながら、「本当か?」と聞いてきます。何のことだかよくわかりませんでしたが、ファームに着くとその理由がはっきりしました。このファームでアルバイトを管理する齢70を超えるオージーのおじいちゃんは、どういうわけか日本人男性を軽蔑していたのです。挨拶をしましたが完全に無視されてしまいました。頭にきましたがしつこく食い下がって仕事をもらいました。ここでの仕事はプチトマトの収穫です。普通のトマトの方が稼げましたが、この状況で贅沢は言っていられません。20バケツ収穫すれば上出来なところ、39バケツ収穫したこともありました。この日だけで$200近い収入になります。

後に気がついたのですが、色々な面で差別を受けていました。まず、僕だけ指定された日に給料を貰うことができなかったのです。ファームごとにTAXファイルナンバーを記入する用紙をもらい提出するのですが、同じ日から仕事を始めたアイルランドの女の子には渡されていて、僕には渡されませんでした。そのことを知り、経理を担当する方に直接問い合わせて書類をいただいたのですが、提出が遅くなった分給料の支払いも1週間遅れました。このタイムラグが僕を苦しめました。レントを支払った時点の残金は$20しかなかったのですから。

その意地の悪いおじいちゃんにはお気に入りのコリアン二人組みがいて、いつも彼女らにたくさん収穫できるラインを割り当てていました。どうして全力で仕事をしていて、女の子に収穫量で負けるのか疑問だったのですが、その訳が明確になりました。資金に余裕があればすぐに辞めていたかも知れません。でも今は我慢するしかありませんでした。バッパーを移動する資金どころが、最低限の食費すら捻出できなくなっていたのです。

プチトマト

ここで働き出して二日目、ファームから戻るとくしゃみと咳が止まらなくなりました。野宿が原因で風邪をひいたかな?そんな危惧をいだきました。マスクをして作業をするようにしましたが体調は崩れていく一方でした。一週間を経過する頃にはベットで横になるもの辛くなってきました。乾いた咳が止まらないのです。深夜ルームメイトに迷惑がかかるので、部屋を抜け出して細く奥まった廊下の突き当たりで、夜空に浮かぶ月を眺めながら今を耐える日々が続きました。体調を崩す原因となっていたものは農薬でした。アレルギー体質の僕は手や足にジンマシンまでできるようになっていました。それでも休みたくはなかったし、辞めることもできない状況にいたのです。

この時期、納得のいかないことがもう二つ重なりました。一つはミルジュラで最後の日に働いた給料が振り込まれないことです。お世話になったモーテルの主人には、振込先口座番号を記したメモを渡しているのです。$50ほどの金額でしたがこの状況にあっては大問題でした。公衆電話で貴重なコインを使って問い合わせてみると、ルームメイトだったおっちゃんに渡したと言うのです。彼に振り込ませるという話でしたが、翌日もその後も一向に振り込まれませんでした。再度電話をして請求しましたが状況は変わりません。ボーエンからミルジュラまでは長距離電話です。ちょっとした会話でも$1、$2のコインは直ぐになくなります。財布の中身は確実に減っていきました(※携帯電話のプリペイドを買うようなお金は当然ありませんでした)。結局四度電話をして請求しましたが、このお金はついに振り込まれることはありませんでした。遠く離れてしまった今、まともに英語を話せない僕にとっては高い障壁でした。

もう一つは、フリーペーパーの営業歩合が振り込まれないことです。契約をいただいた先方の振込みが遅れているという理由でした。明日には振り込まれるという話でしたが、一週間経っても振り込まれることはありませんでした。つまりトマトファームも含めて、予定をしていた三ヶ所からの振込みがないのです。毎日ファームから戻ると祈るような気持ちでATMに足を運びましたが、残高に変化のない数字を見てその都度肩を落としていました。同じファームで働いていた女の子に借りた$10も残り$1を切っていました。当然レントは払えないし、食料さえ買うことができないのです。その上体調は日に日に悪化の一途をたどっていました。

悪いことが重なっていったわけですが、どういうわけかこれらがただの偶然だとは思えませんでした。プライドも何もなくなった今、この状況になぜか心地良ささえ感じることもありました。バッパーから少し離れたスーパーマーケットの側面にポツンと置いてあるベンチが僕のお気に入りの場所となっていました。そこで沈む夕日を眺めていたのです。現実には自分の力が直接及ぶことと、そうでないことがあります。力が及ばないことに悩むより、力が及ぶことに意識を向けることで行動が変わり環境が変化していきます。


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残金$1を切り窮地に追い込まれた頃、フリーペーパーの営業の一部が振り込まれました。$100もありませんでしたが道が開けた瞬間でした。相変わらずレントは払えませんでしたが(ごめんなさい)、一週間を食いつなぐことはできます。そして、トマトファームからの給料が振り込まれます。11日分でおよそ$1100!キリキリしていた精神にやっと余裕を感じました。この調子で働いていけば、かなりの資金を貯めることができるはずです。ですが、まだ一つだけ問題が残っていました。それは僕の体調です。手足が痺れるような感覚さえ覚えるようになっていたのです。翌日仕事を休みいただいた給料を持ってボーエンにある小さな診療所に行きました。院長はインド人でした。なぜこのオーストラリアの片田舎の町でインド人が開業しているのか不思議でした。診察の結果はアレルギー性の喘息とのことです。「仕事は休んでください」、以上でした。薬が欲しいことを告げると処方箋を出してくれましたが、ただの抗生物質でまったく効きませんでした。その後、数日間トマトピッキングを続けましたが顔がむくむようになり断念しました。ケアンズにある日本語医療センターで治療を受けることに決め、仲良くなりつつあった仲間と別れてボーエンを後にしました。

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