18.オーストラリア・イニスフェイル~パロレラパーク

新しい町に近づくとバスの中から外の様子を伺うことにしています。大抵の場合、町の中心部や主要な建物を把握することができるからです。ここイニスフェイルでは、ピンクの外壁をしたバジェットというバックパッカーの位置を確認することができました。

綺麗な公園

ケアンズよりフルーツピッキングのできる一番近い町がイニスフェイルです。タリーを中心にこのあたりはバナナのハンピングで有名です。ハンピングとは50キロを超えるバナナの房を肩に担いで運ぶ仕事です。その噂はメルボルンでも聞いており、もちろん望んでいませんでした。バジェットバックパッカーではハンピングの仕事しかないようです。そこでコッジロッジというバッパーを教えてもらいそこへ向かいました。なぜかこのバッパーの滞在者八割以上がジャーマンでした。同じヨーロピアンでもフレンチやイタリーと異なり、ジャーマンは繊細な部分を持ち合わせています。男女問わず話やすい感覚を覚えました。このコッジロッジではバナナのソーティングの仕事をもらいました。早朝4時に出発するバスの行き先はタリーでした。片道2時間、往復4時間の道のりです。ソーティングという仕事は流れてくる大きなバナナの房を適当な大きさに水中でカットしていく仕事です。延々と流れてくるバナナを一日中カットし続けるという単純で退屈な作業でしたが、心配をしていた体調に悪影響はなく不満はありませんでした。

ところが、、、その初日の晩、僕を含めたほとんどの者がファームを首になってしまったのです。収穫のピークを終えたこのファームでは突然作業人数を大幅に減らしたのです。僕にとっては一日働いただけの最悪のタイミングとなりました。こんなことなら最初から仕事を貰わず早々に他の町に移動した方がよかったのです。結局レント分の一週間ここに滞在しましたが、他に仕事はなくイニスフェイルを離れることになります。シドニーを発って2ヶ月を経過した今、オーストラリアを満喫する資金を貯めるどころか経済的にも精神的にもギリギリの生活が続いていました。

・おまけ
イニスフェイルでの思い出は、皆でタクシーを相乗りしてパロレラパークへ出かけたことです。ここにあるお城は、天空の城ラピュタのモデルになったと言われています。それと、オーストラリア・ニュージーランド銀行のキャッシュカードがATMに飲まれて返ってこなかったことです。このキャッシュカード後にパキッと割れてしまいます。でもセロハンテープで貼り付けると普通に使えました。

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